『伯林蝋人形館』
そう、きみのことならなんでも知っている。
■『伯林蝋人形館』 皆川博子 著 文藝春秋
友人から。春休みを挟んで久しぶりの貸し借り……って、私は貸してないや。これを返すのと同時に何か貸そう。雪風とかどうだろう。趣味ではなさそうだけど面白く読めるんじゃないかしらん。
舞台は1920年代のドイツ。暴力と退廃、貧困と享楽が渦巻く世界で巡り会ったとある人々の物語。
構成がすごく面白い。そして曲者。目次をさらっと見た限りでは、それぞれ、登場人物一名の名前をタイトルに、その人物にまつわる何かをサブタイトルに冠したむっつの連作短編集。実際に読んでみるとそれだけじゃないことがすぐにわかる。まず、いつもの皆川博子さんらしい絵画的かつ主観的な幻想小説がやけに濃いフォントで展開され、後半からは通常のフォントで「作者略歴」なるものが始まり、それまでとはうってかわって淡々として客観的な文体で、タイトルとなっている人物の人生が綴られていく。前半の幻想小説は作中におけるさらなる作品、というポジションであるらしい。しかし後半が前半を説明・補足するものかというと意外とそうでもなく、むしろ後半を読むことによって全体への違和感がむくむくと膨れ上がってくるという変わった仕様。いちおう連作短編のはずなのに、ある章の前半とある章の後半が互いに矛盾したりする。何より、「作者略歴」にある「作者」(=前半の幻想小説的な部分の作者)とされているのはタイトルの人物だけど、読んでみるとどうも実際に彼らが自分でその部分を著したようには思えなくなるし、そうすると「作者略歴」もただ単にこの本の著者(皆川博子さん)が読者に向けて著したものであるとも思えなくなる。あくまで仕様だけど、そんなわけで序盤はかなりとっつきにくい。でも先へ進むにしたがって、幻惑されつつも人間関係や時系列が整理できるようになって、ぐんぐん面白くなる。最後の「書簡」によるシメがまた最高。複雑なことを複雑なスタイルで書いていたのに、ラストでこんなに綺麗に鮮やかに着地してのけているのが素晴らしくいい仕事。読者とはこの人だったのか、『伯林蝋人形館』とはそういうことだったのか、と思わず唸らされた。にくい、面白い。そういえば『死の泉』の扱い方も変わってたなぁ。本の中の本って面白い。ある程度構成を理解したうえで読み直してみると、事実なのか、それとも紙の上だけの創作なのか、疑わしく思えるものが新たに見つけられるようになるのもミソ。ナターリャからの口紅のメッセージなんかは、作者の心を反映した創作っぽい気がする。
時代背景を濃密に描く筆力も手伝って、ものすごく読み応えのある一冊だと思う。これはツボ。『薔薇密室』とやらも気になるなぁ。
ところで、著者(皆川博子さん)がツェツィリエ(ツェツィーリエ)のスペルをあえて Cäcilie でなく Zäzilie とさせたのは、アルトゥール(アルトゥル) Arthur の A に対応させるためなのかな。A と Z。
「この蝋人形たちは、自分についての物語を書いてくれる者を求めている」(P,24)
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