『怪談 牡丹燈籠』
ただ、若さまがお慕わしくて、お姿を見ていたくて、迷ってまいりましただけ。どうぞ、信じてくださいませ。
■『怪談 牡丹燈籠』 三遊亭円朝 作 岩波書店
もうじき怪談の季節だからというわけでもないのだけど、読んでみたかったので。日本三大怪談の中では元ネタの来歴がちょっと異色なお話。
語る脳内ボイスは高校生の頃に教わった日本史教諭、あるいは旭堂南左衛門……あれ、講談師だ。いやいや、単に近頃偶然テレビで聞いた声が好みだったからというだけ。定期テストの度に一刀両断、多くの討死をお出しなすったあの先生も、渋くて燻し銀なとっても良いお声で。
ところでふと思い出してしまったミロのヴィーナス。気取った感じにくねらせた腕を描き足して腰の高さの教卓に両手をつけさせ、大きな吹き出しに一言、「続きは次回の講釈で」と書いたものを見せられた時の、あの何とも言えない衝撃。
ごく一部をかじったことしかなかったので、まぁ色々と驚かされた。お家を乗っ取る悪だくみ、それに抗う忠義者、哀れ改易、尽くせ忠孝、目指せ仇打ち、天晴れめでたくお家再興。忠義者たる孝助と平左衛門の因縁および主従の絆の仕込みが丁寧で、いくつかの糸が交錯する様が楽しいのだけど、幽霊譚はというとだんだん脇へと押し遣られ、お家のお話がこじれてくるにつれてだいぶ影が薄くなってしまうのが物足りない。お家騒動はお露の幽霊譚とは結局のところほとんど関係ないまま終わってしまい、肩透かしを食った気分になった。欲得ずくでどこまでも汚くなれる醜い人間なんざ、妄執に迷って出てくる幽霊と同じか、あるいはもっと悪いもんなのかもしれませんやね、といった感じなんだろうか。その割に生者のこととなると勧善懲悪、因果応報、忠孝仁義が過ぎる(おりえの言動にはいささかむかっ腹が立った)きらいがあって、ホラーそのものの不条理感が楽しめないのもちょっと難点。梅若丸ものがどんどんスキャンダラスな武家騒動になっていくのに覚えるような残念さ、寂しさがある。これはこれで面白いところもあるのだけど、ひとつのお話としてはやはり歪だと思う。
何回かに分けて語られるものゆえか、話の運び方はけっこうスリリングで面白かった。あわやというところであっさりところ変わって別のお話に移ったり、これこれこういうお人なだけに、とその場で語るだけでそれまでの展開をいきなり方向転換させたりするものだからいちいち目が離せない。話の筋はともかく、人物については小さな描写を積み重ねたりするよりはその都度新たに描いて納得させているという感じ。心もとないように思われつつも、それがなんだかいかにも語り物っぽくて面白くもある。そして何より、幽霊となったお露が登場するシーンの美しさは鉄板。これはツボ。
その中上野の夜の八ツの鐘がボーンと忍ケ丘の池に響き、向ケ岡の清水の流れる音がそよそよと聞え、山に当る秋風の音ばかりで、陰々寂寞世間がしんとすると、いつもに変らず根津の清水の下から駒下駄の音高くカランコロンカランコロンとするから、...(P,86)
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聴くたび、「如何馳せんぜよう」じゃなくて「如何はせんぜよう(=進ぜよう)」じゃなかろうか、と思う。そうすれば4・4・5の繰り返しになるし。好きなんだけどさ。
4月に出た文庫版。『伯林蝋人形館』の解説を読んでから気になっていたもの。初出は講談社らしい。まさかトールサイズでお目見えするとは。
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